哲学を登山する

今週のお題「山」

 

私の恩師に言われた言葉だが、「哲学は8000メートル級の山に登るのと同じだ」という。そして、その当時授業を受けていた私のような学生に向けては「せいぜい1000メートル程度の話しかできない」と言われた。

これは当時、舐めてるのかと思われんばかりの発言だと思われたが、実際に大学院に進んで哲学の山に登ってみるとこれはもう高いのだ。本当に言った通り8000メートル級の山に登っているようで、博士号を取得した時点でもせいぜい1500メートル程度しか登れていないのではという実感をもつ。

だがなぜ人は哲学の山に登ろうと思うのか。それは端的に言って「そこに山があるからだ」としか言いようがないだろう。

 

ここで京都の大文字山を思い浮かべてほしい。それぞれの山には「大」「妙法」などの文字が書かれているが、これはまさに哲学の山を象徴するかのようなものではないかと思う。哲学の目指す山は「真理」「因果」「時間」「空間」「心」「物」「神」「魂」などの抽象概念の書かれた山のようだ。

 

我々は数々の個別具体的なものから交雑物を捨象し、より抽象的な概念を目指していく。そんな京都だからこそ哲学が尊ばれているのだろう。京都はすごい。京都に帰りたい。でも大阪にはもっと帰りたい。