哲学の読書体験について

哲学の読書体験で僕が大事にしていることがただ一つある

それは、(僕の場合はあくまで専門外の)哲学書を読むときは

まずとにかく原典を読むことである。

この場合、原典は言語じゃなくても翻訳でもいいから

とにかく原典を読む。

 

よく言われるのは、

原典に当たる前にまずは入門書を読めとか

哲学をやるならば原典を読む前にまず基礎的な

教科書的な書籍をやるべきだとかいう言説もあって

それもわからなくもない

 

ただそういうアドバイス

哲学を専攻するとか哲学で卒論を書くとか

哲学で研究者を目指す人向けである

 

実際、哲学書を原典で読んでも

いきなりわかることは滅多にない

 

だからたった四年で卒論を書くためには

まず入門書にあたり先行研究にあたり

というかそもそも哲学の用語についての理解をするために

教科書的なものは読まないといけないと思う

 

しかし僕はそういう人向けには語っていない

哲学を専攻してなくても哲学を読みたい人

もしくは哲学を専攻してても自分の専門じゃない本を読む場合の

「読書としての」哲学を楽しむ場合の味わい方について語りたい

 

だから、元に戻ると

原典にいきなり当たってみて

まずはわからないながらも全部一読してみる

ということをやっていきたいと思っているのだ

 

僕はかつての哲学の先生から

「哲学はわからないという感覚を持つというのが大事だ」

と教わったことがある

この読み方も「まずは原典を読んでみなさい」という

先生の教えであった

 

わからないという感覚を持ちながら

とりあえず原典を最後まで読んで

それから入門書に当たってみるでも

僕は遅くないと思う

 

哲学の原典を読むおもしろさっていうのは

哲学を「理解」「解釈」するところだけじゃないと思う

哲学の「文体を味わう」というところにもあるんじゃないかと思っている

 

日本語の訳はまあピンキリではあるものの

翻訳業界はよくがんばっており

特に岩波文庫講談社学術文庫ちくま学芸文庫など

いろんな訳が出ているのだから

翻訳産業の成果にあずかるのがいいだろう

 

別に哲学の研究者になるならないとか

哲学で卒論書く書かないとか関係なく

哲学を楽しめる層にとっての読書体験というのも

というかそういうライトな層を育てないと

哲学業界自体も先細りしてしまうんじゃないかと思う

 

 

まあ一応、専門の哲学者を目指す人に向けていうと

日本語の原典を濫読しながら

とりあえず語学やれと言いたいけどね

フランス語、ドイツ語、ラテン語ギリシア語あたりやっておけば

まあなんとかなる 将来的には

 

あとは哲学の基礎概念を学ぶのであれば

哲学の道具箱』『倫理学の道具箱』とかそういうのをやればいい

 

まあそういう専攻者向けの学ぶ方については

とっくにどっかの誰かがまとめてたりするものなので

そっちをみておけば良かろう

 

僕はそれよりも「読書」としての哲学書を読む体験について

大事にしたらいいんじゃないかなという一つの味わい方の提案である

 

僕も哲学で博士号まで取ってきた人間だが

専門外の哲学についてはさっぱりである

それでもとりあえず原典にあたり

よくわからないならわからないでとにかく読み通してみるというスタンスを

維持し続けている

 

どうせ将来も残るような古典というのは

必要に応じて何度も読み返すようになり

また関連する論文や学会発表でも聞く機会があるのだから

そこで「あ、あの本でこんな話読んだな」ぐらいの感じでいい

 

とにかく哲学書を、その文体を味わうという読書体験も

大事にしていいんじゃないかと僕は言っておきたい

そういう考え方もあると思うという提案に過ぎない