哲学のあり方とはどういうものだろう
一方では、哲学は固有名・個別性を超えた普遍的な営みであり思索者の人生とは無関係に営まれるべきだという意見がある。
他方で、哲学と実存は切り離すことができず、まさに哲学者の固有性こそが哲学を作っているのだとも言う。
私はどちらも正しいと思うが
個別性なき普遍性は無意味だと思うし
普遍性を目指さない個別性もどうでもよいと思ってしまう。
さて、今回紹介する本は
僕の哲学の大先生ネオ高等遊民氏が著した2冊目の単著
『ゆる古代ギリシア哲学入門』である。
古代哲学者の逸話といえば
授業で真面目に学説を話している間の
雑談のネタぐらいでしか扱われません。
しかしこの本は逸話が中心となって
しかも一般に伝えられているものよりも
さらに深掘りして逸話を伝えております。
例えば、タレスが井戸に落ちたという話がありますが
え、実はそんなことだったとは......という真実に触れることができます。
※ネタバレになるので内容についてはとても言えません。
気になる人はぜひ買って読んでください。それだけの価値があります。
本書の特筆すべき特徴としては、
市井の哲学史入門書とは違い、
ソクラテス以前の哲学者の分類が独特なところである。
例えば、私が個人的に興味深いと思ったのは、
という順である。
これはヘラクレイトスが「博識批判」をしている点を主軸として
構成されたものと思われるが、
哲学史記述がスタンダードであった。
そのスタンダードな哲学史記述を覆す
新たなストーリーの語り直しという点でも
この著作は非常に重要かもしれない。
そして、最初に戻るが、
哲学者の思考と哲学者その人の逸話が重なり合って関連づけられ
まさに「哲学者」としての生き方がありありと描写されている。
その巧みさに脱帽せざるをえないということだ。
ゼノンの拷問の話と思い込みの排除の接合は見事であった。
また、メリッソスについての記述も、
アリストテレスに過小評価されているにも関わらず、
彼の軍事経験と哲学を結びつけ語っているところが秀逸である。
それにしても、哲学者は金に無関心だというけれども、
ソフィストが儲けていた額を考えたら
時代が時代ならソフィストになりたかったかもしれないなあ。
