毎年誕生日には
今年はちょっとした巡り合わせがあった


入不二基義著『現実生の極北』(青土社)の2冊をいただいたことだ。
つい最近『形而上学とは何か』の参考文献で
永井-入不二哲学が参照されていないではないかという意見を発していた人があるのに対し、永井-入不二は分析形而上学とは違う文脈で形而上学をやっているという風に語っていた。私の見解としてはこうである。
まあ欧米圏の分析形而上学と永井、入不二の独自進化させてきた哲学は方向性はだいぶ違うとは思う。どちらをやるかは自由だし、なんなら両者をつなげる万有が出てきてもいいと思うがその場合は結構高度で緻密な議論が必要となろう。
— 𓋴𓅱𓆑𓅱𓇌𓈖𓎡𓅱𓋴𓅱𓋴𓄿𓈖 スフィンクスさん SPHINXTHAN (@Sphinxthan) 2025年8月12日
このように呟いてしまったことで、2冊届いてしまったということなのか、そして
私がその「高度で緻密な議論」をしなければならないというミッションを受けてしまったのかという感慨がある。
そもそも形而上学は専門ではないので自信はないが
日本と欧米圏の形而上学を融合し、また、旺盛に世界各国の(例えばインドとか井筒俊彦のイスラム哲学など)形而上学的発想を取り入れて
独自の世界形而上学というものをやるという構想を思いつき始めた。
いろいろ実験的にはなるが、自由な発想力をどこまではたらかせるかがポイントだろう。
囚われない仕方で哲学をすること
この海で一番自由な奴が哲学王だ!

