今回はこれを読みました。
結論から話すと
僕の頃はまだ公務員が安定みたいな安定思考だったけど、
最近の世代は安定のための成長を求めているんだなと。
とりあえずコンサルで能力を身につけておけば「潰しがきく」とか
そんな感じなんだろうな
私の意見としては3つある。
1. 大学院とは違ったモラトリアム
やりたいことが決まってないなら大学院に行けばいいというのが
前はあったんだろうが、今は同じモラトリアムでも成長できる
モラトリアムを過ごすことに意義があるのだろう。
そういう意味ではコンサルではMECEがなく
社会にアサインできるというのが強みになる。
2. 自己責任かケアか
近年、ケアの重要性が説かれているが
市場社会は自己責任論を重視する。
実際、ケアについてはまだ懐疑的な視点も多く
個人の生活レベルでは自己責任が大事なのではないかという
話もある。
おそらく共助と自助では粒度が違うのだろう。
両者がシナジーをすればもっと協力な社会観が
生み出されるかもしれない。
3. 強制された自発性
古典的には自由意志には無差別の自由と自発性の自由とがあり
近世イギリス哲学では後者のみが重視されてきたが、
現代社会では上司が部下に高い目標設定をさせて
「やります」「やらせていただきます」と高い水準を求めるように促す
強制された自発性ということが言われている。
こういうときにリアクタンスが起きないか考えること、
イニシアチブを取って自律した勤務へと向かわせることが大事なのだろう。
さて、最後にもう一つ
コンサルについて哲学側から鋭い洞察がある。
経営コンサルタントと詩人追放論
『世界最先端の研究が教える すごい哲学』には
「プラトンは経営コンサルタントを追放するか?」(稲岡大志)という興味深い論考がある。
プラトンの詩人追放論というのは
詩人とはレトリックを用いて民衆の感情に訴えることは得意だが、
レトリックを用いて物語ることでは真理の探求に資することができないというもので
「真似て描写する」ことしかできないから民衆を真理から遠ざけてしまうという議論のこと。
ここで参照されている、デイヴィッド・ショーはプラトンの詩人追放論が経営コンサルタントに適用できると考えたらしい。
経営コンサルタントはクライアントの経営者に根拠のないアドバイスを与えることが少なくないということが明らかにされている点を強調します。〔……〕経営コンサルタントも、クライアントに対して、こうすればクライアントが望む結果が得られるというアドバイスを、なぜそのアドバイスが正しいのかを示すことなく、レトリックを駆使して語るのです。
〔……〕経営コンサルタントも、自身が権威ある専門家であることを装って、複雑で難しい経営上の問題を、合理的で単純で段階的な手順からなるアプローチで解決できるという誤った印象をクライアントに与えてしまうのです。
『すごい哲学』p.37
最終的な解決策としては、コンサルもミュトスではなくロゴスを働かせて
「クライアントに実質的な解決策を与えるようにする」ことが大事だと説かれます。
さて、それではそもそもコンサルなんて必要なのでしょうか?
私はむしろ、コンサルなんて全部潰して哲学科をコンサルにしたらいいのではないかと思います。というより大学の哲学科にコンサルの機能を担わせて、大学の哲学に閉じ込めずに産学連携を進め、ロゴスを公共的理性として働かせるようにコミットすべきだと考えます。

