いま哲学史をやる意義はない

かつてなら哲学系の学会で発表内容が「◯◯(哲学者名)における××」といったものが多かっただろうが、今やおける論文というのも減っていきトピックベースの発表や論文が増えてきた。日本人もようやく自律的な哲学をやる時期が来たのだろう。

だからこそ、もう哲学史などやらなくていいと言ってよいのではないか。ギリシア哲学、ドイツ哲学、フランス哲学、イギリス哲学、いろいろあろうが、私のかつての恩師は言っていた。「哲学は国籍ではない」と。哲学は普遍を目指すものであり、歴史性からいかに解放されるかが問題なのである。

かといって哲学史に身を置く人を否定するわけではない。ただ哲学史で食おうとするのは違うと思う。哲学史はプロではなくアマチュアや在野の研究家が趣味でやればいいのであって、プロは現在の問題に関わらなければならないのである。

特に現在のプロ哲学者はELSIをやるべきだろう。ELSIは文理融合型で人文社会学系にも関わらず、理系と手を組み、今後の科学研究場の課題を扱うというものだ。こういうものこそ現代の哲学者が研究するに相応しい分野であり、岩波文庫なんて読んでるのは衒学趣味者だけでよい。