大学に行くと学食で飯を食うことになるが
僕は学食に行くとカレーが食いたくなる
これまで僕が食ってきた学食カレーの歴史を振り返っていきたい






乙カレー🍛
大学に行くと学食で飯を食うことになるが
僕は学食に行くとカレーが食いたくなる
これまで僕が食ってきた学食カレーの歴史を振り返っていきたい






乙カレー🍛
家系ラーメンは
ごはんにニンニクをめちゃくちゃ入れまくって
スープと一緒に食うとうまいとフォロワーさんに教えてもらった


次の日人と会う予定がないのであれば
やってみるとめちゃめちゃスッキリします!
ちなみに哲学業界の若手業績主義には反対です
学会発表、論文投稿は博士課程を終えるまでやらせるべきではない
大学院もまずは3年で博士号を取得させるように
まずは博論提出に際しての査読論文規定みたいなのをやめて
質のいい博士論文を書かせるよう指導して
修了してから博論の一部を学会で報告させたり論文投稿させたりすべき
そして、博士修了後5年以内にアカポスにつけなかったら
学費を全額返還
これでよし
難波さんの本が立て続けに出るので読んでみました。
前回は『物語化批判の哲学』ということでおもしろく読んだ。
今回は「締切」についての本だ。
ただ残念ながら今回の本は刺さらなかったというかnot for meであった。
なぜかというと、私は締切を守れなかったことがほぼないからである。
というよりも守れなかった締切は締切とは見なさない傾向にある。
難波氏は締切と人生の時間との齟齬によって分析をしているが
私には人生の時間しかありえない。
まあそもそも身近な話で言えば、
日本の学会は投稿論文の締切なるものが設定されているようだが
国際誌にはそんな概念はない。いつ出してもいいようになってることがしばしばである。
そして、自分のタイミングと合った内容の依頼がきさえすれば
その仕事の締切こそが真の締切である。
出版編集者をやっているとわかるが、
こちらで設定する締切はまず守られることはない。
ないといえば大袈裟で20%~30%ぐらいは締切を守る人がいるが
そういう人はこちらの締切とその人の人生とのタイミングがたまたま合致しているだけだ。
基本的に研究者というのは自分の締切=真の締切を設定しており、
そのタイミングこそが本当の締切なのである。
締切という概念にはあまり意味がない。
好きなようにやればいいのだ。
自分のペースでやっていこう。
僕は世界のペースと自分のペースが合っているだけの
とても運がいい奴なのだ。
さて、難波さんといえば
次はこんな本が出るらしい。
こちらは楽しみにしている。
想いは言葉で伝えなきゃ伝わらない
心的表象があって実在と観念は乖離しているというが、
観念は言葉で言い表されてのみ存在物になり
言葉で言い表されたものは実在である
言葉は外界と心を結びつける
だから君も勇気を出して
あの人をデートに誘おう!