令和人文主義オリジン

今週のお題「今年読んでよかったブログ」

 

今年いちばんのブログといえばやはりこれ。

「令和人文主義」という言葉を作った谷川さんのブログというかnoteでしょう。

note.com

 

ただ不思議なことに、令和人文主義って言われてるけど、

ここで名前が上がってる人たち誰一人として「令和人文主義者」とは名乗ってないのですよね。

 

ということは、今いちばんに自分で名乗ってしまえば

令和人文主義を流行らせられる、、、

そう思って私は令和人文主義のオリジンになります。

 

谷川氏のブログ記事によると

令和人文主義の特徴としては次のように挙げられるそうです。

・文体が上の世代と全然違う
・受け手は学生よりも会社員(かつての教養主義は大学生を典型としていた。新しい知の観客を意識した語り方になっている。)
・多メディア展開
・反アカデミズムではない(専門分野、専門家との協調)
教養主義から単なる人文知へ
SNSポストトゥルースを意識した自己論や社会論
・言葉への強いこだわり(言語哲学言語学など)
・専門や得意分野がある

ということで、まあなんとぬるいことか。

そういうわけで私が令和人文主義オリジンの定義を披露して見せましょう。

 

令和人文主義オリジン

・文体は廣松渉文体で。

・受け手は全人類。

・ブログやnoteなどメディアは活字のみ

・反アカデミズム・反権威主義

・ゴリゴリの教養主義リベラルアーツ

SNSで炎上上等

・言葉は思考の文体を紡ぐべし

岩波文庫(青)(白)全部読め

・ドイツ語、フランス語、ラテン語、古典ギリシア語を学べ

 

ということですな。

これぐらいはやってもらわないと困る。

 

哲学の読書体験について

哲学の読書体験で僕が大事にしていることがただ一つある

それは、(僕の場合はあくまで専門外の)哲学書を読むときは

まずとにかく原典を読むことである。

この場合、原典は言語じゃなくても翻訳でもいいから

とにかく原典を読む。

 

よく言われるのは、

原典に当たる前にまずは入門書を読めとか

哲学をやるならば原典を読む前にまず基礎的な

教科書的な書籍をやるべきだとかいう言説もあって

それもわからなくもない

 

ただそういうアドバイス

哲学を専攻するとか哲学で卒論を書くとか

哲学で研究者を目指す人向けである

 

実際、哲学書を原典で読んでも

いきなりわかることは滅多にない

 

だからたった四年で卒論を書くためには

まず入門書にあたり先行研究にあたり

というかそもそも哲学の用語についての理解をするために

教科書的なものは読まないといけないと思う

 

しかし僕はそういう人向けには語っていない

哲学を専攻してなくても哲学を読みたい人

もしくは哲学を専攻してても自分の専門じゃない本を読む場合の

「読書としての」哲学を楽しむ場合の味わい方について語りたい

 

だから、元に戻ると

原典にいきなり当たってみて

まずはわからないながらも全部一読してみる

ということをやっていきたいと思っているのだ

 

僕はかつての哲学の先生から

「哲学はわからないという感覚を持つというのが大事だ」

と教わったことがある

この読み方も「まずは原典を読んでみなさい」という

先生の教えであった

 

わからないという感覚を持ちながら

とりあえず原典を最後まで読んで

それから入門書に当たってみるでも

僕は遅くないと思う

 

哲学の原典を読むおもしろさっていうのは

哲学を「理解」「解釈」するところだけじゃないと思う

哲学の「文体を味わう」というところにもあるんじゃないかと思っている

 

日本語の訳はまあピンキリではあるものの

翻訳業界はよくがんばっており

特に岩波文庫講談社学術文庫ちくま学芸文庫など

いろんな訳が出ているのだから

翻訳産業の成果にあずかるのがいいだろう

 

別に哲学の研究者になるならないとか

哲学で卒論書く書かないとか関係なく

哲学を楽しめる層にとっての読書体験というのも

というかそういうライトな層を育てないと

哲学業界自体も先細りしてしまうんじゃないかと思う

 

 

まあ一応、専門の哲学者を目指す人に向けていうと

日本語の原典を濫読しながら

とりあえず語学やれと言いたいけどね

フランス語、ドイツ語、ラテン語ギリシア語あたりやっておけば

まあなんとかなる 将来的には

 

あとは哲学の基礎概念を学ぶのであれば

哲学の道具箱』『倫理学の道具箱』とかそういうのをやればいい

 

まあそういう専攻者向けの学ぶ方については

とっくにどっかの誰かがまとめてたりするものなので

そっちをみておけば良かろう

 

僕はそれよりも「読書」としての哲学書を読む体験について

大事にしたらいいんじゃないかなという一つの味わい方の提案である

 

僕も哲学で博士号まで取ってきた人間だが

専門外の哲学についてはさっぱりである

それでもとりあえず原典にあたり

よくわからないならわからないでとにかく読み通してみるというスタンスを

維持し続けている

 

どうせ将来も残るような古典というのは

必要に応じて何度も読み返すようになり

また関連する論文や学会発表でも聞く機会があるのだから

そこで「あ、あの本でこんな話読んだな」ぐらいの感じでいい

 

とにかく哲学書を、その文体を味わうという読書体験も

大事にしていいんじゃないかと僕は言っておきたい

そういう考え方もあると思うという提案に過ぎない

12月の読書目標:形而上学を超えて

今週のお題「ストックしているもの」

 

12月、2025年ももう終わりですね。

ちょうどお題が「ストックしているもの」なので

私にとってストックといえば積読本ですが、

2026年に向けて下記の書籍を読み尽くしたいと思います。

 

入不二基義『現実性の極北』

一度読み終えましたが、まだまだ理解不十分な状態。

本邦の純粋哲学の最高峰として

ちゃんと読んでおかなければならない。

 

上野修スピノザ考』

上述した入不二先生と上野修先生が対談なさるそうです。

note.com

そのための予習をしたいと思います。

現実性は神なのか......!?

一体...!!

 

形而上学とは何か

近年の英米分析形而上学の入門書ですね。

日本国内の永井-入不二哲学と英米の分析形而上学

結節点を見出したいと思います。

 

2025年末はバリバリ形而上学をやるぞーい!

日本科学哲学会 2日目

科学哲学会2日目です。

 

今日はウィトゲンシュタイン特集みたいな感じで

ウィトゲンシュタイン関連の発表ばっかり聞いてました。

午後は倫理関連と情動関連。

そしてAIと人生の意味。

 

やっぱり科学哲学会みたいな現代的なテーマをやる学会は

いつも刺激的でおもしろい!

 

行ってよかったと思います。

また来年お会いしましょう!