ハーフパンツは利便性が高い
あれを不快だと思う人は魂のレベルが低い
というか最近、「不快」という言葉で
倫理性を語る手合いが増えているが
快不快で倫理道徳を語るのは避けた方がいいな
快楽主義的感覚主義は
道徳を基礎付けられないことが多い
良い悪いを快不快に還元するのは
自然主義的誤謬も甚だしい
我々は理性で道徳を語らなければならない
とにかくハーフパンツはいい
気持ちいい
ハーフパンツは利便性が高い
あれを不快だと思う人は魂のレベルが低い
というか最近、「不快」という言葉で
倫理性を語る手合いが増えているが
快不快で倫理道徳を語るのは避けた方がいいな
快楽主義的感覚主義は
道徳を基礎付けられないことが多い
良い悪いを快不快に還元するのは
自然主義的誤謬も甚だしい
我々は理性で道徳を語らなければならない
とにかくハーフパンツはいい
気持ちいい
日本は建前の文化だから
おもてなしをするとき
日本人は裏の顔を覗かせている
本音と建前
それが日本人の二重性
だから裏垢をやるのも日本人だし
陰口を言うのも日本人
裏社会日本
2日目である。
英米系と大陸系は分たれていてお互いに勢力争いをしていたものだが、
最近は協同しつつありお互いに共通部分を探そうとしている傾向が見られる。
ドゥルーズとプラグマティズムとの邂逅は哲学に何をもたらしてくれるのか。
大変期待ができる。
疎外論が人生の意味に含意されると言うことで近年疎外論に関心が高まっているようだが
私としては疎外論よりもやはり物象化論を今こそ問い直すべきではないかと感じながらやきもきしていた。
人生の意味は物象化においてこそ問い直されるべきであり、廣松渉が一顧だにされないというのは
日本の哲学の損失であろう。
フーコーはいまだ需要が続いており、講義録まで出ている。だが、ポストモダンはそのような「学術的な」研究というのにそぐわないのではないか?確かにそれで飯を食っている人たちにとっては大事な訳業だったりするのかもしれないが、自分の頭で考える哲学はフーコーの重箱の隅をつつくことからは出てこないだろう。フーコーの読み方を考えるきっかけになった。
さて、来年は関東だが私は行くのを戸惑っている。関東圏は思い出深い場所だが遺恨もたくさん残っており、随分と関西に馴染んでしまった今となってはアウェーな場でしかない。
実際、今回の日哲が盛り上がったのは関西で開催されたからであり、関西アカデミアの底力を感じさせられた。関東には若手フォーラムがあるし、近年若手はそちらに流れると聞く。おそらく関東で日哲をやってもさほど盛り上がらないだろう。
だが、そこに哲学がある限り、歩みを止めるわけにはいかない。
進むしかないのだ
真理に向かって
さて、昨日から京都入りして
今日は龍谷大学で開催されていた日本哲学会に参加してきました。
学会が実家近くなのでよかったのだが、今年も大盛況で特に若手の熱量を強く感じた。
僕が学生・院生時代の頃と明らかに違うのは
①地域の広がり
②テーマの広がり
である。
①アフリカやその他西洋圏以外の地域が対象となり、世界哲学化しているという傾向がある。
②いわゆる人物研究ではなくトピックベースの研究が増えてきた。愛とか。
もはやかつてのように「哲学学」学会だとか「西洋哲学史学会」ではなくなっており、
近年のグローバル化に応じた哲学の変容を感じさせられるものがあった。
これがいい傾向か悪い傾向かはつぶさには判断できないが、時代に潮流に乗らざるを得ないことは言うまでもないだろう。
大会シンポジウムは「日本語で哲学すること」というテーマだったが
手垢のついた問題も時代が違えば語り口も異なってくる。
まさに今だからこそ問われなければならない問題だと感じられた。
哲学研究者友達にもたくさん会えて、
かつて苦労を共にした同じ釜の飯を食った仲間たちが
時には喧嘩もしたり丁々発止の議論を交わしたりした仲間たちが
今でもこうやって頑張っている姿を見て
私は奮い立たせられ勇気づけられた。
「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう」
とでも言わんばかりに、背中で別れを告げた。
明日もあるからがんばろう。
大学生になったぞ!ゴールデンウィークが終わって自由にレポートを書けと言われた!?
でも何に関心があるのかわからない、って方。いますよね?
ご心配なく。
人間として生きている以上は
絶対何かに関心があるはずだし、
人間というのはそもそも関心の生き物であるからして、
とりあえず図書館でぶらぶらしてたら絶対に関心のある本に行き着くだろう。
なんだっていい。
極端な話エロ本でもいい。
エロ本に関心があるのなら、
すなわちセックスに関心があるということだから
セックスで論文を書けばいい。
学術の世界はなんだって研究対象になりうる。
学問というのは人間の好奇心の集大成である。
人間は関心の生き物であり、
その限りにおいて好奇心がやまない生き物である。
だからこそ、学問があるのだ。
さあ、進め。
君の関心を深めるだけ深めて
何かのオタクになれ!
宇宙刑事ギャバンの大葉健二が亡くなった。
俺たちはギャバンと一緒に育ったし
いつも蒸着をしていた。
あばよ 涙
よろしく 勇気
僕は人文学者の中でも孤立しておりぼっちである。
そのような人のことを僕は人文ヴォッチと名付けたい。
学会政治に敗れ、業績も出せず、ポストもない。
そんな亡霊のような存在が人文ヴォッチ。
愛読書はソローの『ウォールデン』
好きなアニメはぼっち・ざ・ろっく
ドラクエといえばはぐれメタル
高学歴で博士課程まで行っているにもかかわらず
アカデミアからも一般社会からも居場所をなくし
『山月記』の李徴のように虎になってしまった存在
それが人文ヴォッチだ
人文ヴォッチは
夜な夜な人文知を求めて
月に向かって吼えるだろう
部屋いっぱいの本の中で